スーパーでよく見る焼き芋機はどうして生まれたの!? 焼き芋にかける熱い想いをもつレジェンドが茨城・行方にいた!【前編】
ここ数年、スーパーやドラッグストアなどで見られるようになった「電気式焼き芋オーブン(以下、焼き芋機)」。
実際に、これを見かけて焼き芋を買ったことのある方も多いのではないでしょうか?
かつては、冬に焼き芋屋さんが売り歩いていた焼き芋ですが、この焼き芋機が小売店に普及したことによって、年間通しておいしい焼き芋を手頃な価格で食べられるように。
そんな焼き芋販売の革命とも言える焼き芋機のキーパーソンが、なんと茨城県行方市(なめがたし)にいるのです!
金田富夫さん(写真左)
1959年生まれ 64歳
JA職員で、営農関係の業務43年。令和4年3月に退職。同年4月より代表理事専務に就任
栗山裕仁さん(写真右)
1971年生まれ 53歳
営農関係の販売業務26年。土物を中心に(甘藷、馬鈴薯、人参、蓮根)販売担当。現在、なめがた地域センター 園芸課 課長。
茨城県は、さつまいもの作付面積、収穫量は鹿児島県に次いで全国第二位、農業産出額は全国第一位を誇ります。
そして茨城県内のなかでも、県南東部に位置する行方市(なめがたし)でつくられたさつまいもは、なんとその8割近くが焼き芋用に出荷されています。
なぜ、行方市は「焼き芋」推しなの? そしてこれまでにどんな戦略をおこなってきたの?
行方市の「JAなめがたしおさい」にうかがい、その立役者である金田さん、栗山さんにお聞きしてきました!
記事の前編では「焼き芋機導入から販売までの道のり」、後編では「年間通しておいしい焼き芋を届けられる秘密」についてお伝えします。
「焼き芋」は素材の味で勝負できる売り方!
−今日はよろしくお願いします! この部屋に入った瞬間に焼き芋のいい香りが。JAにも焼き芋機が置いてあるんですね。
金田さん 「まあまあ、まずはとりあえず焼き芋を食べてよ!」
栗山さん 「そうそう食べなきゃ始まらないからさ。」
−ウェルカム焼き芋だ……! いただきます!
ほどよくしっとり、ねっとり甘い焼き芋でとてもおいしい。いただいた焼き芋は「紅優甘(品種名:べにはるか)」という行方市のオリジナルブランドさつまいも!
−わー! めちゃくちゃおいしいです!
金田さん 「そうでしょう! 焼き芋ってさ、素材の味がダイレクトに伝わる食べ方なんだよね。」
−確かに、なにも加えずこの甘さですもんね。
農家さんの所得向上のために「焼き芋戦略」を練った
−今日はなぜ、行方市から焼き芋のムーブメントが生まれたのか聞くためにやってきました。
金田さん 「焼き芋について知ってもらえるのは嬉しいねぇ! まずは、焼き芋の原料となるさつまいものことから少し話していこうか。それじゃ栗山、説明頼むな。」
栗山さん 「俺が説明するんか!」
−(仲がいいなあ)
栗山さん 「さつまいもは、形と太さによって18の等級に分かれていてね。農家の人は収穫したさつまいもを農協に出荷するときにその等級ごとに分けて出荷するんだよ。スーパーなどの小売店に並ぶA品や無地品と呼ばれるものは、18等級のうち10等級分だけ。」
−へぇ! 確かにスーパーに売ってるさつまいもは形が揃っていてキレイですよね。全然意識していなかったなぁ。
栗山さん 「10未満の等級は丸品、C品といって、加工品になることが多い。もちろんA品と比べると、丸品やC品は安い価格で取引される。」
−じゃあ、いっぱいつくっても形が悪いと、あまり農家さんは儲からない……?
栗山さん 「そうなんだ。農家さんの所得向上に繋げるため、考えだした売り出し方が焼き芋。焼き芋って多少曲がっていても気にならないでしょ。」
−言われてみれば焼き芋って、大きい方が嬉しいですけど、曲がっていても気にならないですね。
金田さん 「そうなんだよね。それに焼き芋は素材の味を一番引き立てる食べ方。だから『私達は生芋を売るんじゃなくて焼き芋を売っていこう!』と決めて、農家さんや市場の人たちに働きかけることにした。つまり、焼き芋にぴったりのさつまいもを売る『焼き芋戦略』を進めていこうって決めたのよ。」
スーパーへの焼き芋機導入、まずは成功! だけど……
−焼き芋戦略! 具体的にどんなことをしたんですか?
金田さん 「まずなにより大事なのが、この焼き芋機だよね。これは栃木県の食品機械メーカーの『群商』さんが開発したんです。」
栗山さん 「そして、僕たちはつくってもらった機械と焼き芋で売っていこうと、いろんな小売店を営業して周った。」
−さつまいもの営業とともに焼き芋機の紹介もしたってことですね。
金田さん 「そういうことだね。2003年、最初に導入してくれたのがマックスバリュ東海株式会社。そこの部長が熱心な人でね。1台70万円の機械を50台、退職金を投入するような形で買ってくれて、スーパー『マックスバリュ』の50店舗に導入してくれたの。」
−へえ! 一気に50台も導入してくださるなんて、男気がすごい。
栗山さん 「スーパーの売り場で焼き芋をつくって販売するなんてやったことなかったから、どうなるかとおもったよ。でも、実際に販売してみると、芋を焼いているあの香ばしい匂いがよかったんだよね。たくさんの人が手にとってくれた。」
金田さん 「部長さんが『焼き芋を売っていこう!』と社員の皆さんに働きかけてくれてくれるもんだから、社員も一生懸命になって売ってくれるでしょ。そうすると産地である我々JAや農家さんも『どんどんおいしいさつまいもをつくるぞ!』という気になる。
現在、JAなめがたしおさい管内で生産、出荷されるさつまいもの約7割が焼き芋用として市場に出回っている
−すごい。一気に焼き芋への熱意が加速したんですね。実際、店舗で販売してからのお客さんの反応はいかがでしたか?
金田さん 「喜んで買ってもらえたね。焼き芋ってさ、元々は焼き芋屋さんがリヤカーや軽トラックに窯を乗せて売り歩き、1kg500円みたいな価格で販売していたでしょ。それがスーパーで1本198円で販売したもんだから、まずは買い物に来ていた女性からの評価が高かったよね。」
−確かに焼き芋って高いし、冬に焼き芋屋さんから買うイメージでした。手軽に買えるようになったらつい買っちゃいますよね。
金田さん 「でもその一方で、味にバラつきがでてしまいクレームに繋がってしまうことも多くてね。」
−手軽に買えるのは嬉しいけど、芋の大きさがバラバラだと、味にバラつきがでてしまいそうですよね。
金田さん 「その通り! それに、1時間焼き芋機に入れておくパートさんがいれば、2〜3時間焼いちゃう人もいて。そんなに長く芋を機械に入れてたら焼き芋がおいしくなくなっちゃう。」
栗山さん 「そうなんだよね。焼き芋を焼く人によって焼き時間も焼き方もバラバラなもんだから、お客さんからしたら『この間食べたときはおいしかったのになぁ』なんてことになっちゃうでしょ。」
だから、いつ、誰がつくっても同じおいしさの焼き芋をつくれるようにする必要ができた。
誰がつくってもおいしい焼き芋になる虎の巻「焼き芋マニュアル」
金田さん 「そこで、JAと県の研究機関、農業の技術や経営をサポートする農業改良普及センターと一緒になってつくったのが『焼き芋マニュアル』」
−へぇ! 1冊の本になっているんですね。ここにはどんなことが書いてあるんですか?
金田さん 「芋の等級や品種によっておいしく焼ける時間が載ってるんだ。何度も実験を重ね、糖度を確かめた結果たどりついた、焼き芋の秘伝の書だね。これを見れば、今日はじめて焼き芋機を触るって人でもおいしい焼き芋を焼くことができるんだよ。
それから、JAなめがたしおさいから出荷しているさつまいもの各品種の特性も載っているね。販売する人がお客さんからさつまいもについて聞かれた時に、この冊子を読めばしっかり答えられる。」
−すごい、さつまいもと焼き芋についてめちゃくちゃ詳しく書いてありますし、年表もまとまっていて教科書みたいですね。
金田さん 「そうそう。お客さんはもちろん、やっぱり店頭で販売する人にもただ商売として売るんじゃなくてさつまいもを好きになってもらうことが大切だよね。そのためには、まずさつまいもについて知ることが大切だから。」
栗山さん 「このマニュアルを全国の取り引き先のスーパーに配布したり、生産者さんに店頭で販売してもらったり、僕たちも全国焼き方講習会をおこなったりと、とにかく焼き芋を売るためにいろんなスーパーに足を運んだね。」
〈提供〉JAなめがたしおさい
-配布するだけじゃなくて、JAの皆さんも小売店に足を運んでレクチャーしたんですね。
栗山さん 「そうそう。上手に焼けるようになってお客さんに『おいしい!』って言ってもらえば、スタッフの方も嬉しくなるでしょ。
あるスーパーでは見るからに『俺は焼き芋のプロだ』って人がいてね。その人が販売すると焼き芋を一日に十数万円も売っちゃうの。1本200円くらいの焼き芋だよ? 俺には焼き芋機から芋を取り出したときにできた彼の火傷のあとが勲章みたいに見えたね。」
金田さん 「生いもだったらそんな金額を1日で売るのは難しかっただろうね。焼き芋だからこそできたと思ってる。
徳島のスーパーで焼き芋の販売を見に行ったときなんて、『私は鳴門金時しか食べないの』って言ってたおばちゃんがチラチラっと焼き芋を見ていてね。最終的に1本買ってってくれてさ。あれは嬉しかったなぁ。」
(後編につづく)
ライター/ナカノヒトミ
制作サポート/ヒラヤマヤスコ
写真・デザイン/タケバハルナ